2010年02月20日

『竜馬がゆく』7



同盟した薩摩と長州は着々と倒幕の態勢を整えてゆく。
一方、亀山社中は解散の危機に陥るが、土佐藩などの支援を
受け、海援隊へと生まれ変わる。

そんな中、竜馬は大政奉還という思い切った手を進めようとする。

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諸藩の反対を押し切り、幕府は第二次長州征伐を進める。
勢力では劣勢の長州だが、高杉晋作らの活躍で小倉城を落とすなど、
各地で幕府軍を破る。

幕府は勝海舟を講和の使者として送りながら、別の止戦政策を
打ち出した。
幕府は「勅錠」という名目を借りて、勝った長州に対して
休戦命令を出したのであった。
当然長州は勅錠の受理をことわり、臨戦態勢のまま兵を引き上げた
のであった。

一方、亀山社中は経済的に窮迫し、解散の危機に陥っていた。
うまい解決策がなく困っている竜馬を励まそうと、陸奥陽之助
(後の名外務大臣の陸奥宗光)は高杉晋作の例を持ち出す。

高杉晋作は「困った」という言葉を口にしないと自戒している
というのだ。
どんな事でも周到に考えぬいたすえに行動し、困らぬように
しておくということと、「困った」と言ったとたん、智恵も分別も
出ないようになってしまうという理由だ。
これは現代にも参考になる考えだ。

そうこうしているうちに、土佐藩参政の後藤象二郎が援助を
申し出る。
後藤は亀山社中を藩に組みこむ考えだったが、竜馬はあくまでも
独立を望む。
結局は双方が満足いくかたちで決着し、亀山社中は生まれ変わり、
海援隊が誕生するのであった。

海援隊は商社と海軍の性格を併せ持っており、5箇条からなる
「海援隊規約」には竜馬の自由・平等・独立の思想が織り込まれて
いる。
例えば、海援隊規約には脱藩浪士を資格とすることや、土佐藩に
属さないことが明文化されており、隊の独立性が明確になっている。
また、稼いだお金は隊員に平等に分配されることになっている。
新撰組などと比べて非常に魅力的な組織に思える。

こうした竜馬の思想は明治になってからも自由民権運動という
形で受け継がれた。
また、海援隊の商業的なところは岩崎弥太郎に受け継がれ、
三菱財閥へと発展していった。

第7巻で痛快だったのは、いろは丸沈没事件で紀州藩と堂々と
渡り合い、賠償金を請求したことだ。
いろは丸沈没事件とは、海援隊の武器などを積んだいろは丸が
紀州藩の軍艦と衝突し、いろは丸が沈没した事件である。

非は明らかに紀州藩にあったらしい。
大藩であることを背景にもみ消そうとする紀州藩に対し、
竜馬は万国公法を持ち出し、紀州藩側の過失を追及した。
事故から1カ月後、ついに紀州藩が折れ、8万3526両198文を
弁償したのであった。

第7巻のハイライトは「大政奉還」の立案。
革命による内戦を避けたい竜馬は後藤とともに無血革命の
方策を考える。
これが有名な「船中八策」である。
果たして幕府に政権を朝廷に返上させることは可能なの
だろうか?

それは第8巻のお楽しみ。

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参考書籍

龍馬伝 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)


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posted by yamataka at 19:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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