2010年02月13日

『竜馬がゆく』6



日本のためには幕府を倒すしかないと考える竜馬。
一方、長州は朝敵となり京には入れない。

竜馬は幕府を倒すには犬猿の仲の薩長に手を握らせるしかない
と考え、薩長同盟に奔走する。

苦難の末、奇跡の薩長同盟が成立する。
明治維新への道はこのとき大きく開かれた。

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禁門の変後、朝敵となった長州藩は俗論派が政権を握っていた。
しかし、高杉晋作、山県狂介(のちの山県有朋)らによる
クーデターが成功。
再び、勤皇派が政権を握る。

竜馬は、幕府を倒すには薩長同盟しかないと考え、成立のため
奔走する。
薩摩の西郷隆盛、長州の桂小五郎を説き、何とか合意を取り付け、
あとは西郷が長州に出向くことになった。

下関で桂とともに西郷を待つ竜馬。
薩摩へは竜馬の盟友中岡慎太郎が西郷を迎えに行った。

しかし、竜馬と桂のもとへ現れたのは中岡一人。
西郷は来なかった。
薩摩の藩論を統一できなかったのだ。

もともと薩摩嫌いの桂は激怒する。
しかし、竜馬は次の一手を考えていた。

そもそも犬猿の仲の薩長がいきなり政治的なあるいは軍事的な
同盟を結ぶのは無理があったのだ。
武士でありながら商才のある竜馬は、まず利で結ばせようと
考えたのであった。

長州がほしいのは軍艦と武器。
しかし、朝敵となっている長州は外国と貿易することはできない。
そこで、薩摩名義で軍艦と武器を買い、それを長州に回すことを
竜馬が提案するのであった。
まずは経済で両藩の手を握らせてから薩長同盟に持っていく
考えだ。
軍艦を動かすのは海援隊の前身である亀山社中
ちなみに亀山社中は日本初の商社と言われている。

そして、ついに大阪で坂本竜馬の仲介による薩長同盟が
成立したのであった。
倒幕への大きな一歩である。

幕府は薩長同盟の動きはつかんでいなかったが、怪しい動きが
あることを察知していた。
伏見の寺田屋に泊まっていた竜馬は襲撃されたのであった。
重傷を負いながらも竜馬は何とか薩摩藩邸に逃れる。

そのときの逸話がある。
竜馬は寺田屋の2階で長州藩士の三吉慎蔵と薩長同盟成立の
祝杯をあげていた。
竜馬の妻となるおりょうは寺田屋で働いており、そのとき
風呂に入っていた。
そのとき捕吏が寺田屋を囲んでいたのを発見すると
おりょうは裸のまま2階に上がり、竜馬に危機を知らせたそうだ。

竜馬襲撃事件とその後の看病をきっかけに竜馬とおりょうは
急激に接近し、夫婦となる。
竜馬の傷の養生も兼ねて、二人は薩摩へ温泉旅行に行くことに
なる。
これが日本初の新婚旅行と言われている。

そうこうしているうちに、幕府による第2次長州征伐が行われた。
しかし、これには諸藩が猛反対。
幕府の威信は既に地に落ちていた。

高杉晋作に請われて竜馬は海戦に参戦することになる。
軍艦の能力で劣っている長州はどう戦うか。

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参考書籍

龍馬伝 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)


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